栗熊保育所は、80年近い歴史に終止符を打ち、令和8年4月から「公私連携型保育所」として民営化されます。運営は市から社会福祉法人「笑愛会」に移管され、施設の名前も「栗熊保育園スマはぴstation」に。園舎も現保育所の北側に移ります。
地域住民にとって様々な思い出が詰まった栗熊保育所。その歴史や卒園生の記憶をたどりました。
| 昭和22年 | 旧栗熊小学校の一部を借りて栗熊保育所として発足 |
| 昭和29年 | 給食、午後の保育開始 |
| 昭和39年 | 旧栗熊小学校に移転 |
| 昭和51年 | 新園舎落成 |

旧園舎

学芸会 絵日傘踊り(昭和30年頃)

旧小学校側から奥が園舎(昭和40年頃)

現園舎

吉田富子さん(80代)
戦後間もない頃、講堂を間借りした場所が園舎だった。
お昼を食べようと弁当箱を開けたら誰かに食べられて空っぽだった。
食べ物がない時代だった。

大熊玲子さん(80代)
一列に並んだら、先生が肝油をみんなの口に入れてくれる。
一番好きな時間だった。

川池郁子さん(70代)
今では考えられない!
一人で飼い犬と通園。
道草して着いたら、おやつの時間になっていた。

大林のぶまささん(50代)
よく泣いて手のかかる子供だったと聞いている。
本人は覚えていないが。

十河智昭さん(40代)
夏は、園舎近くの大束川で川遊びをしたり、町営のひょうたんプールで泳ぐのが楽しかった。

C・Uさん
(20代)
(20代)
スキムミルクと煮干しが苦手でつらかった。


