200号発刊にあたり
栗熊コミュニティの広報紙「さんさん快天」は令和4年7月号で200号になりました。
平成17年4月の旧丸亀市との合併を機に栗熊コミュニティができました。そして、その中の組織のひとつとして文化部が創設され、「さんさん快天」を発行することになりました。
今回、200号を記念して初代栗熊コミュニティセンター所長の宮川文一様、文化部の辻村友一様、新名義隆様に当時を振り返ってお話を伺いました。

宮川 文一 様
合併当時、綾歌町役場に勤めていた富熊の吉村さんからの要請を受け栗熊コミュニティセンターの所長に就任しました。
まず最初に会則(規約)を制定する必要があり、高松市内のコミュニティを視察して勉強しながら、最終的には飯山北が会則を作っていたので、それを参考に作成・制定しました。
コミュニティとは「何ぞや」「何をするところ」…と、最初の一年間は、いろいろな行事等何をするにも経験したことがなく、また経験者が誰もおらず大変だったことを覚えています。
それと役所(役場)と同じだと思って、よくお年寄りの方が訪ねてこられました。
一年が過ぎ翌年の4月からは楽になりました。
今では当時のことは、よき思い出として記憶に残っています。

辻村 友一 様
初刊から文化部に在籍し六十二号まで編集にかかわってきました。
特に思い出に残っているのは、新年の表紙の写真を撮りに行く時でした。
十二月の末、朝早く起きて霜の中を日の出に合せて色々な所に行ったことがなつかしく思い出されます。
うさぎ年には白鳥動物園にうさぎの写真を撮りに行き、六十二号の表紙に掲載されました。
平成十八年には第一回コミュニティ祭りを開催し大勢の人で賑わったこと、碧空会のうどん、三組の獅子舞の共演があったこと等です。
今は編集のお手伝いはできていませんが、さんさん快天の配達は続けていきたいと思っています。
今後共「さんさん快天」がコミュニティの広報誌として幅広く情報発信されることを願っております。

新名 義隆 様
大正15年8月生まれでもうすぐ満97歳になります。農業をしていますが、今も現役で野菜をつくり、JAの産直へ出荷しています。
丸亀市との合併の頃、当時の仲間たちと「日曜市」を立上げ、毎週日曜日にコミュニティ周辺で日曜市を開きました。そのご縁で、文化部員として、「さんさん快天」にかかわるようになりました。
地域の人たちと顔を合わせて話をし、つながりを大切にしたいと、活動する毎日は楽しく、充実したものでした。91歳まで続けました。
毎月配られてくる「さんさん快天」はとても楽しみで、地区の情報源としてすみずみまで読みます。
これからも、元気で長生きを目標に頑張ります。
当時を振り返って


平成18年13号
第1回コミュニティまつりを開催
獅子舞も出て盛大に行われました。

平成20年26号
3神社の初詣記事を掲載



